GLAN SENADO 約11,377字

 記憶(2008/12/21)
 『夜のセンター街を、夜回り先生が正す!!』
 『お嬢さん、こんな夜中になぜこんな所に座ってるの?』
 『なんでって・・・べつにー』
 『キャハハハ』
 『帰りなさい』
 『ハア?てゆーかぁオッサンにカンケー無いしー』
 『親が心配してるよ?両親に何も言われないの?』
 『父親は仕事ばかりで私の事なんか何も知らないし・・・母親も何かとうるさくて・・・あんな親、いなくなればいいんだ』

 『いなくなればいいんだ』

 ブツッ
 「もう眠るのですか、ガルーダ」
 ブラウン管からの反射が消え、水槽の淡い光だけが闇の中に浮かぶ。幾分重そうに腰を上げ、ポニーテールを下ろした寝着姿のガルーダがソファから立ち上がり、テレビの主電源を消す。長い金髪をソファの背に広げ、足を組んで物憂げな視線を闇に浮かべたスレンダーな美女の問いをよそに、背を向けてリビングルームを後にする。
 ドサッ
 重い肢体の重心を広いベッドに預ける。横に傾いた部屋。うっすら見えるそれは、手を伸ばせば届く距離にありながら、決して同時に存在する事の無い、虚像の様にも思えてくる。やがて意識という時間の流れが時計の振り子かヤジロベーの様に、反復運動に陥る。意識は低下し、深く深く、沈んでいく。

 私の母。私を製造し、私の計画全てを握っている。

 私の父。絶対的な権力者。逆らった時は、死。

 時計の針が新たな反復を始め、短針と長針が直角に配置した頃。ガルーダの布団から覗く瞳が炯々としていた。視線の先には眉をしかめ、少しきつい印象のある、先ほど同席していた金髪の美女が眠っている。
 「キル・・・」
 ガルーダは傍らの美女の、金髪を手ですくう。2、3日前、ガルーダの手でクリーニングした時の感触を覚えている。なめらかで艶やかな繊維のコーティング。機械の肢体は一見眠っているが、外部とのインターフェースに関する処理を停止しただけで、機密ボディの突き出した胸か、奥の茂みか、それともどこかでメインCPUが蓄積された演算処理を行っているところだ。
 トクン
 自らの鼓動だけを今感じる。ガサゴソと布団が動き、そこには柔らかな質感の寝着と綺麗な刺繍の施された下着を剥がされ、表面のシリコンの凸凹を露にした金髪美女の寝姿と、それに跨るガルーダの華奢な背中があった。
 「どう、私の体。キレイ?・・・」
 圧迫された空気が口唇を通過したのだろうか、彼女が僅かに「ウ・・・」と言葉を発した様に聞こえた。ガルーダはうっとりした瞳でキルを見つめると、ゆっくりキルの肢体に覆い被さり、耳を胸に当てて彼女の鼓動を確かめようとした。
 ゴオオオオ
 無機質な、彼女を彼女たらしめているもの。正常な作動音。
 (よかった・・・)
 接触状態が閾値以上に達すると、キルのCPUは覚醒状態へとコールバックする。眠りを妨げないように、ガルーダはキルから離れ、けだるい寝着姿をシーツの上に投げ出して薄暗がりにたたずむ天井を見上げた。
 (どうするの?キルは。もしも私が・・・)
 ガルーダも意識の深層へと向かって行った。

 あか。

 今の気持ちを喩えるなら、紅。

 私の肢体が、汚い紅い返り血に染められて行く。私の手が一人殺す度に、汚されて行く。

 鮮やかな色彩のぼかした様な、一面の花畑と白い教会。そこに居る白いワンピースの、刃物を握った少女。それが私。重い扉を開け、礼拝堂にいる2人の男の許に近寄る。いつの間にか点々と床に落ちる程血まみれの少女を見下す2人。俯く少女の体が震える。ゆっくりとナイフを構える。
 「ぐはあっっ」
 ブシュッ!!
 髪を分けた寡黙でハンサムな男のネクタイが、気味悪く染まって行く。少女は顔をひきつらせ、恐怖と嫌悪と憎悪の入り混じった表情で、尚も相手の体をメッタ刺しにする。
 ヒュー、ヒュー・・・
 「ぶふぅっ」
 「がっっ」
 「ハ・・・ハハ・・・ハハはハハアあぁァアアアアああ!!」
 「うっっ!!」
 弾かれる様にベッドから状態を起こし、汗だくで目を見開き息の荒いガルーダ。
 「夢・・・?まさか、そんな・・・」
 例え夢でも自分が人間を殺した、しかも相手が特別な人間だった事に動揺を隠せない。
 「私が・・・嘘よ!!」
 ガルーダは動揺を振り切るように勢いよく上体を倒す。傍らで胸部を露出して眠るキルの肢体が揺らされる。
 朝。キルは生体プログラムが起動中の為か、寝ぼけ眼をこすりながら、カーテンから漏れる日の出の中、部屋を裸足で歩いて出て行った。
 10分後、キルが部屋に戻ってきて、クローゼットを開ける。ベッドの側を通る時、ガルーダがうるさそうに反対方向に寝返りをうつ。
 そのさらに30分後、朝のメンテナンスから戻って来たキルが布団をかぶるガルーダに声をかけるも、ちぢこまるだけで返事が無い。
 「ガルーダ・・・今日、どうする」
 「今日は調子が悪いから、休む」
 結局、ガルーダは昨晩見た夢のショックで起き上がれなかった。キルは一人で訓練に向かった。

 煌々と燃え盛る炎に照らされ、全身真っ白の戦闘服に身を包んだガルーダが、額から血を流し、合成獣の屍の山の中に立っていた。左手にぶらさげていたガトリング砲を捨て、高熱に光るエモノの長い刃物片手に、白い壁に覆われた施設に突入する。照明と研究室の扉が延々と反復する廊下を、俊敏に加速する。
 「おや・・・どうした、ガルーダ」
 彼女が着いた広く小奇麗な事務室では、若きエリート官僚、八木勇男と、科学者Gと呼ばれる白衣姿の老人がミーティングを行っていた。武装して血まみれになり、肩を大きく上下させて息をする少女に、少しも声のトーンを乱す事無く話しかける科学者G。
 「もう・・・たくさんだよ・・・」
 ガルーダの胸につっかえて出てきたような言葉に、八木の眉が僅かに動く。
 「こんな苦しい事は・・・!!」
 今まで誰にも見せた事の無い、弱い自分。しかし、八木の答は素気無いものだった。
 「なるほど・・・それで、オマエには何が残っている?」
 「え・・・」
 「オマエには何も残らない」
 何も、というのは、今の自分の戦い以外の全てか。自分には殺し以外の何も無い。それでも・・・
 「あああああああ!!!」
 ガルーダは八木にヒートソードを振りかざして飛び掛った。しかし。
 「きゃあっっ」
 突然ガルーダの前に彼女と同じスーツをまとった女が立ちはだかり、手首を掴まれ、蹴り飛ばされる。衝撃でソードを手放してしまう。
 「ああ・・・」
 肘をつき倒れるガルーダの股に足を差し込み見下ろす、金髪を胸元まで垂らしたキル。ガルーダの首を掴んで肢体を持ち上げ、睨みつける。キルの背後にはそれを見張る八木と科学者Gの姿が映った。
 「キル・・・苦しいっ・・・」
 首を絞めるキルの手に力が加わる。
 「私の・・・負・・・け・・・」
 ガルーダが諦めたように手足の力を抜くと、キルは彼女を投げ飛ばした。壁にしたたかに打ち付けられるガルーダ。
 「ゴホッゴホ・・・」
 キルは間髪空けずにガルーダの胸元を掴み、スーツを破る。
 「あんっ!」
 まだ発展途上の、柔らかくて形のいい乳房が飛び出し揺れる。思わず後ずさりするガルーダ。
 「い、いっそ一思いに・・・」
 「心配しなくても、殺してやる」
 後ろで八木が押し殺した様に、冷静な声色で言う。
 「オマエの代わりなど、幾らでも居るのだ」
 キルの手が、ガルーダの首に突き刺され・・・

 「うわああああああ!!!」
 悲鳴とともに目覚めるガルーダ。辺りは夕闇に包まれていた。
 「ハア、ハア・・・」
 まだ動悸が止まらない。今度のは迫真的過ぎる夢だった。
 「ガルーダ」
 「きゃああああっっ!?」
 出かけ着姿のキルが部屋の入り口に立っていた。まだ夢の内容を覚えていたガルーダはかなりビックリした。
 「今日はかなり疲れた。私もベッドに入っていい?」
 「え、ええ、いいわよ。さ、上着を脱いで。」
 ガルーダはキルのミリタリーファッションみたいな上着のチョッキを肩から外し、ハンガーに掛けた。
 (もしも私が命令に逆らったら、このキレイな指で、私を手にかけるの・・・?)
 タイトなジーンズを脱ぎ散らかし、下着姿で金髪を乱れさせベッドに横たわり、まばたき一つしないキル。
 「ねえキル・・・」
 キルに顔を寄せるガルーダ。黒髪で2人の顔が隠れる。
 「キスして・・・」
 2人は静かに口付けを交わした。
 「キルの唇・・・冷たいねっ。」
 「ああそう・・・ご主人様が呼ばれていた」
 「やっぱり・・・」
 ガチャッ
 「失礼します」
 ガルーダは施設内にある特別区画の、八木勇男の部屋に呼び出された。
 「今日は、訓練に参加しなかったのだな」
 「はい、申し訳ございません・・・」
 「いつオマエの出番があるか分からない。私も忙しくて時間が無い。一言だけだ。明日からまた行け」
 「了解しました」
 八木はそれだけ言うとガルーダに背を向け、書類の山に戻った。
 「・・・その・・・もし私が」
 八木はガルーダの発言に気付いたか気付かずか、手を止めようとはしない。
 「・・・壊れたとしたら」
 そう言ってガルーダは無意識のうちにコブシを握り締めていた。
 「私は・・・換えられ・・・!!」
 震えが強くなる。
 「何を言っている、守衛を呼ぶぞ」
 八木の冷静な声に、ガルーダは我に返った。
 「は、はい」
 今は大丈夫なのかもしれない。今の私は、強力な戦闘兵器だ。
 「それと・・・あの」
 「何だ、まだ何か用か」
 「私には、両親の記憶がありません。その事で、不安定な気持ちになります」
 昨夜の深夜番組が、記憶の引き金になった。
 「そうかなら・・・ラボに行って疑似体験を植えつけるといい。自分が好きなのをな」
 「違います、私が欲しいのは本当の・・・!!」
 「何が違う?」
 「え・・・」
 「例えそれが擬似記憶だろうと、オマエ自身がホンモノと信じれば、それはホンモノだ。人間はそうして自ら"現実"とは離れた所で"記憶"を形成して生きている。記憶が現実の情報を確かめるだけのものならそれは疑似体験と変わらない。また、記憶する事自体がほとんど無意味になる。物理的情報と同様、オマエにとって必要な記憶とは、必ずしもオマエが知りたいと思う、"現実の情報"ではない、という事だ」
 ご主人様の言う事は分かる。しかし、それでも実際は知りたいと思うものだ・・・
 「分かりました」
 ガルーダは俯き、八木の部屋を後にした。

 相生(2008/12/25)
草木の間から淀んだ光が差し込む。ここは深い森の中。その険しき道を、一人の細いシルエットが進んでいく。少女の名はガルーダ。若々しいシャープでいて肉感的な肢体にぴったりフィットした真っ白なスーツをはしる、呪術的なラインが森の雰囲気に調和している。スーツとつながったブーツが地を踏みしめる度に、ポニーテールの黒髪が揺れる。やがてガルーダの澄んだ瞳が、行く先の生い茂る樹々にくり抜かれた空間を捉えた。
 「誰なの・・・?」
 その空間には火の灯された焚き木が置かれ、中心にはそれらに囲まれて仰向けに横たわった、胸元まで届く長さの金髪の女性が居た。そして、その女性はガルーダと同じ真っ白なスーツを身にまとっていた。目を閉ざした女性の顔には、見覚えがあった。
 「キル・・・!」
 ガルーダはキルの元に近寄り、顔や胸に付いていた土を払い、手を握った。
 「ここでアナタに会うなんて!」
 しゃがんだまま空を見上る。しかし鬱蒼とした樹々に覆われ、空は小さい。
 「!・・・大丈夫、キル?」
 キルがゆっくりと瞼を開けるのに気が付く。ハッキリと見開かれた、どこか焦点の合わない瞳。
 「さあ行こ」
 キルはゆっくりと頭を上げ、土の上に肘を付き上体を支える。ガルーダは立ち上がって方々を眺めた。方角がハッキリとは分からず、ともすれば帰り道が分からなくなってしまう。
 「こっち」
 自分より僅かに長身で大人びた細身のキルが立ち上がったのを確認し、脚を進めようとした。
 「!!」
 突然力任せに振り向かされ、キルに抱きつかれる。体を離そうとしたが、キルの妖しい瞳に、ガルーダの澄んだ瞳は惹きこまれて行く。
 「ちょっと・・・」
 ガルーダは豹変したキルに抗議して声を上げる。
 「!!・・・むぐ・・・っ」
 キルは口付けでガルーダの口を塞ぐ。
 「あっっ」
 そのまま雪崩れ込む様に、ガルーダを押し倒すキル。
 「これがアナタへの本当の気持ち・・・」
 キルは目を細めてガルーダの頬を撫で、唇の距離を縮めて行く。ガルーダは頬を紅潮させ驚きの表情を見せる。けたたましい命の音が頭を支配し、思考が奪われる。
 ガルーダの目は涙を溜め、ゆっくりと閉じられていく。

チュン、チュン・・・
「ん・・・」
 目を覚ましたガルーダはポニーテールを下ろした艶のある長髪を枕元に広げ、ベッドに深く肢体を沈めた寝着姿で、布団をすっぽり被った状態だった。カーテンの隙間から差す朝の光。
「おはようガルーダ」
 自分を呼ぶ声に気付き、意識が戻ってくる。仰向けのガルーダが足先の方に目を凝らすと、下着姿でスタスタと寝室を右往左往する金髪美女、キルの後姿が見えた。
 「・・・?」
 意識がハッキリしないまま、ガルーダはガバッと布団をめくり、美少女の健康的な肌と衣服の匂いを振りまき立ち上がる。
 「おはよう」
 寝室の入り口を歩いて来たキルと対面する。ガルーダはキルの顔を真っ直ぐ見られず、赤面する。
 「着替えたら訓練に行きましょう」
 「う、うん」
 すれ違うガルーダは恥ずかしそうに俯いていた。
 (先刻から忙しそうにしてる。端末の調整かな?)
 廊下にもキルの残り香がする。
 (キルは作られた肢体だけど、大人の女らしくて、下着も似合ってる・・・)
 キルが金髪を軽やかになびかせ、パンティーに包まれたお尻を振って動いているのが、ガルーダの目に飛び込む。
 (私、夢の中でキルとあんな事・・・)
 キルの妖艶な目つきや優しい感触が思い浮かぶ。
 (あんな夢を観たの・・・欲求不満なのかな?)
 髪を束ねて手で抑え、ポニーテールにしながら考えて更に恥ずかしい気持ちになるガルーダ。
 (やだ私何考えてるの・・・)

 都市を離れた森の中に道があり、その先には一面が白い壁に覆われた、シンプルな造りの施設がある。そのうちの広い一室。身を切る様な寒さが窓から見える景色からも分かる。冬の静かな夜を暫し見つめ何か思索する様な面持ちの、髪を分けていて端正で寡黙、幾分険しい表情をした若き官僚、八木勇男。
 「・・・キメラの目撃例は合計で数件ほど報告されております」
 背広姿の角刈りの男が書類を片手に、デスクを隔てた八木と、その傍らに立つ後ろ手を組む白衣の老人に話す。
 「これらの写真は未確認生物を装った合成ではないと?」
 八木のデスクの上には何枚かの写真が散らばっていて、都市郊外の街頭に立つ、見た事の無い様な生物の怪しい大きな影を写している。
 「間違えありません」
 角刈りの男は自信を込めて言う。
 「・・・情報は?」
 八木は傍らの老人、科学者Gに話しかける。科学者Gは目を閉じ皺を寄せ、首を横に振る。
 「分かった。追って指示する」
 「ハッ」
 男はキビキビとした足取りで部屋を出、扉を閉めた。 
 (キメラ・・・サイボーグとは違うものが?)
 窓の外では樹々が強く揺れていた。

 「会長の、大きいっ」
 様々な電子機器の計器やスイッチのライトが浮かび上がった暗室。椅子にもたれる壮年の男と、その足元にタイトスカートに包まれたお尻を突き出して屈み、男のそそり立つモノに驚き注視するショートヘアの若い女。
 「自分で入れろ」
 「はい」
 若い女は会長と呼ばれる男の腹の上に跨り、腰を落とす。ずらしたパンティの開口部分に禍々しいモノが侵入する。
 「ああっ」
 女の腰がいやらしい弓なりに動く。
 「あっあっあっ」
 清楚な顔立ちも台無しなくらいに、目の前いっぱいに乱れる蕩けた様な目をした若い女。顔を合わせる男はその姿に、汗を滲ませながら思わず口の端にニヤリと笑みを浮かべた。
 ピリリリリ
 「会長、お電話が・・・」
 女の甘い吐息の外から、急かす様なリズムの電話の着信音が聞こえ、男は卓上の内線に手を伸ばす。
 「何だ」
 受話器を当てて立ち上がる男。闇の中まだ熱を持つ股間。
 『実験体が、また脱走しました』
 かしこまった抑揚で、慌てた様子の受話器の声。
 「逃げてもムダだ、すぐ捕まえろ」
 『かしこまりました』
 男は内線を切り、愛液を飛び散らせて床の冷たいプレートに倒れてうずくまる女をよそに部屋を出て行く。
 「今いい所だったのに・・・」
 足腰が立たない状態で体を起こし、女は名残惜しそうな態度を見せて俯いた。

 夕方の都市郊外。オレンジ色の空が、地上を行く人々の意識活動を低下させ、時間の流れも停滞する。
 「キャハハ」
 「それでさー」
 人気の無い公園を、セーラー服に紺色のコート、長いマフラーを巻いたミニスカートの女子高生2人が、おしゃべりしながら通りかかる。
 「!!」
 女子高生のうちの一人が、公園の隅に居る不審な影に気付き、歩を止める。
 「ちょっとーアユミ?・・・えっ」
 無数の棘状の突起に覆われたいびつな手足。牙の向かれた口元。狂ったような目つき。相手の異様な姿に、目を見開く女子高生2人。
 シャアアアア
 眉間に皺を寄せ、大きな口を開く化け物。
 ドサッ
 女子高生の鞄が砂の上に落ちる。街頭に照らされた人型をした異様な姿の怪物が、2人に向かってゆっくりと近付いてくる。
 「君達は離れて!」
 その時、化け物と震えて動けない女子高生達の間に背広姿の男が割って入る。真剣な顔で指示する横顔は、八木にキメラの出現報告をした角刈りの男だった。
 「聞こえないのか!?」
 女子高生達は男と化け物を見遣って呆気に取られながらも、足を引きずる様に後ずさり、それからスカートをはためかせてかけ足で街灯の下を走り去り、夕闇に消えていった。その場に残った男は化け者を睨む。その表情からは困惑も伺える。
 「サイボーグでもここまでの身体的変化は見た事が無い・・・これが通じるか!?」
 パンパンッ
 懐から抜いた拳銃を足を大股に広げ、至近距離から化け物の装甲に向かって撃つ。しかし銃弾は火花を散らしてことごとく弾かれる。
 「う・・・やべえ」
 拳銃を下ろし、化け物を見上げる男。
 「ぐっっ」
 一瞬、後頭部にものすごい圧迫を受けて眩暈を感じる。そのまま化け物の足元に倒れ落ちる。
 「この・・・怪物・・・野・・・郎」
 化け物はそのまま足元の男を通り過ぎ、入り口に停めてあった乗用車の方へ向かう。ダメージを負った男の焦点のハッキリしない視界にも、遠くの化け物の行動が逐一映る。
 ボンッ
 化け物は乗用車の前に立ち止まると、車体後部のエンジンルームに向かって腕を振り下ろし、へこませる。
 ボン
 もう一度振り下ろすと車体に腕がめり込み、ガソリンが漏れて吹き出し、電装品がショートしたのに引火して、車全体が勢いよく燃え出した。
 「きゃあああああ!!」
 その悲鳴は先程の女子高生達のものだった。公園の電話ボックスの中で、恐怖で震えている。落とした受話器が宙づりになり、揺れている。
 ドシン
 それに気付き振り向いた化け物の眼光が光る。それを怯えながら見上げる女子高生達の顔から血の気が引いていく。
 オオオオオオ!
 化け物が女子高生達に向かって手を振り上げたその時!
 ズブショ
 緑色に光る剣が、背後から化け物の胴体を貫通した。
 「グガアッ」
 女子高生達の顔が安堵に綻ぶ。勢いよくソードを引き抜き、姿を見せたのは真っ白な戦闘用スーツに身を包んだ、ガルーダだった。
 「あの少女はいっ・・・たい・・・」
 角刈りの男は化け物を倒した事を確認した途端に、その場で意識を失った。
 「この生命体は回収する。アナタ達はいなくなる事ね」
 ガルーダの眼光が闇の中、鋭く浮かび上がる。前髪が揺れ、ゾクッとする様な美しさがある。スーツを通り模様を形作る緑のラインが、彼女の神秘性を象徴付ける。
 「その実験体は我々が貰う」
 「!」
 不意に背後から声がしてガルーダがふり返ると、入り口に2人の屈強そうなスーツ姿の男が立っていた。
 「返してもらう、とも言うかな?」
 (奴らは・・・人間じゃない?)
 一人は額に何本かかかる前髪まで完璧にセットしてある、メガネをかけた顔の細いニヤけた男、もう一人は色黒で大柄、鋭い目つきをしている。一見ビジネスマン風だが、直感的に血生臭い駆け引きのプロを思わせる物腰。
 「欲しかったら力づくで奪ってみな」
 ガルーダは精一杯のハッタリを見せるが。
 「そうさせてもらう」
 一瞬のスキに敵の1人に背後に回られ、倒れた化け物を奪われる。
 「あ、待て!」
 ガルーダは化け物を抱きかかえた男を追おうとするが、もう1人が立ちはだかる。
 「オマエの相手はこのワタシダ」
 ガルーダの目の前で男の姿がみるみる変わり、いびつな姿をした化け物が現れた。
 「私の前に立つなんて・・・そんなに死にたいの?」
 ガルーダはヒートソードを構える。

「シャアアアア」
 (こっちの攻撃が全然当たらない・・・戦闘力の差だわ)
 暫く人の姿から変化した化け物との戦いが続き、ガルーダはスーツのあちこちに傷を作り、出血もある。口からは血を流していた。
 (そこが弱点か)
 化け物はサイボーグ化した視覚を通してガルーダの身体機能を解析し、心臓の位置を把握する。
 ギュウウウウ
 化け物の片手にエネルギーが集中する。
 (だめ・・・避けられない)
 眩しさに驚いて仰け反るガルーダ。
 (当たる!) 
 辺りが光に包まれる。光が収まったとき、街灯に照らされる公園の電話ボックスと雑木林が元の様に見え、ガルーダは同じ状態で生存していた。
 「あっキル・・・」 
 ガルーダと同様、戦闘用のスーツをまとったキルの長い金髪と背中とが、傍に見えた。
 「くうっ」
 ガルーダの膝がガクッと折れ、地面にしゃがみ込む。
 「大丈夫?」
 ガルーダの脇を肩で支え、体を持ち上げて火の粉の飛ぶ現場から一緒に離れるキル。
 「ありがとう」
 あちこち傷だらけで満身創痍の肢体もそのままに、引きずる様にして歩くガルーダ。
 「今までに遭遇した事の無いタイプの改造人間よ」
 「ええ・・・私が危うくやられる所だった」
 キルに肢体を支えられながら、自分の痩せた腹に添えられた彼女の手の作りのよさに内心驚く。
 「そうだ・・・敵は?」
 ガルーダは背後を振り向くが、そこには燃え盛る乗用車と泣いている女子高生達、倒れたスーツ姿の男しかいない。
 「逃げた?」
 「必ず捕まえる」
 2人は公園の入り口のポールをすり抜け、走り去った。

 「未確認生物を積んだ黒のセダンが、陸橋から中心部へと向かいます」
 八木勇男らの居る施設の指令室。オペレータの並ぶ頭上のモニタに、偵察衛星からの映像が送られる。
 「人口密集地に入られると行方が分からなくなる」
 八木は別のカメラが追っている、ガルーダとキルの足取りを見下ろす。
 (お前達の力はそんなモノでは無い筈だ)
 建物の屋上を飛び移りながら走る2人の姿に八木は、自然と眉間に皺を寄せる。
 (そうでなければ困る)
 一方、化け物達の乗用車を追跡する車。先程キメラに殴られ、頭から血を流し、すっかり蒼ざめたこわばった表情の男がハンドルを握っている。
 「ん、奴らどこに行く気だ」
 偵察衛星からの位置情報を基に、車載GPSにのせられた逃走者の現在位置まで辿り着いた男は、フロントガラス越しに車を降りた男達が大きな袋を運び出すのを見た。
 「おい、待つんだ・・・」
 男は急いで車を降り、2人組の男に声をかけようとした。
 『相模刑事』
 無線のイヤホン越しに八木の声がする。
 『市街地での敵との接触は避けるんだ』
 「あの男達もキメラとの関係があるのですか?」
 『奴らもキメラだ。間違いなく』
 それを聞いた相模刑事は車に戻り、トランクからショットガンの入った鞄を取り出す。
 「絶対に捕まえてやる」
 夜の繁華街を走る相模刑事。地下への通用口に入ろうとした時、目の前に2つの白い影が飛び降りてきて、そのまま通用口に飛び込んでいった。
 「!!」
 重いショットガンを背負い、額から血を流した姿で、暫し呆気に取られる相模。
 タッタッタッ
 階段をとばして一気に飛び下り、閉まりそうになる電車のドアに駆け込むガルーダとキル。
 ガタン
 2人を乗せて扉が閉まり、ゆっくりと駅から滑り出す車体。車内を見渡すが、近くに敵の姿は無い。
 「静かね・・・」
 深夜の時間帯、つり革と車内広告が揺れるだけで、別の車輌にも動くものの姿は無い。
 「あっちだ」
 「ええ」
 キルが進行方向を向く。ガルーダもそれに頷く。
 ゴオオオオ・・・
 電車は夜の灯りに彩られた超高層ビル群の中を走り抜ける。
 「いた!」
 車内を進むと、行き先に袋を持った2人のスーツ姿の男達が見えた。先程逃がした化け物達だ。
 「貴様ら・・・まさかここまで来るとは」
 2人組もそれに気づき、嫌悪感を露わにする。
 「オマエ達とその袋の中の化け物と、何の関係があるの?」
 「何故そんな事が知りたい?」
 スーツ姿の男の光るメガネの奥の目が、ガルーダ達を睨む。
 「これは命令よ」
 少女の小さな肩には、重過ぎる様な言葉。電車の窓に映る近景が、どんどん後退して行く。
 「そうか、なら・・・」
 暫しの沈黙。
 「コウシテヤル!」
 男は一気にキメラに姿を変え、ガルーダの首を掴むと一気に持ち上げた。
 「ぐ・・・」
 歯軋りしながら苦しそうな顔で化け物を見下ろすガルーダ。
 「これで・・・」
 ガルーダはヒートソードの柄を逆さに握り、力を振り絞って振り上げる。
 「どうだぁー!!」
 「!!ぐあっっ」
 眩い光とともに緑色のソードの刀身が発生し、その勢いで先端が化け物の肩に突き刺さる。
 「あ、熱いいっ」
 後ずさる化け物。
 「奴らめ・・・相当な技術力を持っている」
 もう一人の大柄な男が、化け物の姿の仲間に耳打ちする。
 「お前は次の駅でそれを別のエージェントに渡すんだ、ここは私に任せろ」
 ちょうど電車が駅のホームに差し掛かる。
 キイイイイ
 「行けっ」
 ドアが開くと、袋を抱えて大柄の男は大股に走り電車を降りる。
 「逃げる気!?」
 ガルーダは駅のホームを駆けて行く男を横目に焦る。
 「ああ。オマエ達をコロシテカラナ!!」
 ボゴッ
 「ぐはあっ」
 化け物の一撃がガルーダにクリーンヒットする。ガルーダは口から鮮血を吐いてふっ飛ばされ、軽い肢体は車内を転がって行く。
 「オマエモダ!」
 間髪入れずにキルに向かい腕を振り回す。
 「ぐっ」
 その異常なスピードに、防御した上からふっ飛ばされる。
 「これまでの戦闘データに基づく評価値では、敵合成獣がユニット・ガルーダの戦闘力を20%上回っています」
「そんな事は分かっている。だからキルを使ったのだ」
 科学者Gが研究員の報告に対しそう答える。
 「2人はまだ交戦しているのか?」
 電子地図上に表示された2人の位置を示す発信機の光点は、線路上を移動していた。
 ガッッ
 キルの白いブーツが、倒れた化け物の腹を踏みつける。
 「フン」
 化け物を見下ろす横顔は垂れ下がった長い金髪に覆われて見えない。恐らく少しも表情を崩していないだろうが。
 「グフゥ・・・ヤバイ奴だな」
 グリッ
 「カハアッ」
 キルが腹の上の脚をひねると、化け物がたまらず呻き声を上げる。
 「そこまでだ、女」
 「ぐ・・・キル」
 背後ではガルーダがネクタイが首に引っかかったままのもう1人の化け物の片腕に、首を絞められ押さえられていた。
 「私を殺せばあの小娘も死ぬぜ?ヒヒ」
 キルが一瞬沈黙した後足を離したので、化け物は起き上がってキルの背後に立った。
 ガッ
 そしてキルの華奢な肩を強く掴み、顔を近づけて首筋を舐め始めた。
 「キル!」
 「ん・・・っ」
 気持ち悪さに耐えるが、思わずうわずった声が上げるキル。
 「感じているのか?ええ?」
 懐のスタイル抜群の女が直立したまま身動きしないのをいい事に、調子に乗った化け物はもう一方の手で戦闘用スーツの上から胸を鷲掴みにし、刺激を与える。
 「そこで何をやっている!?」
 その時電車のドアが一斉に開き、近くの車輌から人の声がした。
 「チッ」
 「所期の目的は果たした。我々はここまでだ」
 入れ違いに降車する化け物達。遅れてやって来たのはショットガンを構えた相模刑事だった。
 「ふう」
 どうやら相模にとっては一世一代の大芝居だったようだ。ネクタイを緩め、シートに深く背をもたれかける。
 「私がかなわないなんて・・・」
 ガルーダは狭い床からよろよろと立ち上がる。キルは立ったまま動かない。片方の胸には化け物がつけた汚れが生々しく残っている。
 「キル」
 「アナタの肢体はダメージがひどい。はやく手当てを」
 ガルーダは返事の代わりに、キルの背中を抱きしめた。
 「キル・・・」
 背中にガルーダの温もりが伝わる。それは機械の身であるキルが、初めて感じたものだった。
 「・・・はやく戻りましょう」
 「お願い、しばらくこのままで居させて・・・」
 ガルーダの頬を一筋の涙が伝った。

 心層(2009/1/6)
 「いやあああっ」
 絹を裂く様な黄色い声が、閉ざされた扉の向こうから響く。
 ビシッ
 蛍光灯の病的なまでに無機質な光がおちる、鉄とコンクリートの箱の中。しなりを効かせた黒いムチが半裸にされたガルーダの胸や脚に打ち付けられる。
 「あんなデク人形に気圧されて、何とも思わんのかっ!!」
 「あうっ」
 床に這いつくばった手負いの肢体で起き上がろうとするが、鉛の様に重く、再び伏せってしまう。
 「ひひひひひひ」
 少女の透き通る様な素肌に浴びせられた、痛々しい紅に顔を引きつらせて下卑た笑みを浮かべる小男。
 「・・・・・・」
 「なんだ、その目は」
 傍にいたキルは冷たい視線で小男を見下ろす。男の胸のあたりまである長さの彼女の素足にも、無数のムチの跡がついている。男はキルににじり寄り、
顎に手を当ててすくい上げる。キルの男も気安く近寄れない程の美しい顔は、態度を変えない。一方の小柄で痩せていて、鼻の下の伸びたいやらしい目つきをした男は
また下卑た笑みを浮かべた。
 「あんっ」
 小男はうずくまっているガルーダの乳房のまわりをムチで探り、先端を使って乳首をつつく。
 ビシッ
 ガルーダの肢体がビクッと反応したお返しと言わんばかりに、腰を思いっきりムチでひっぱたく。
 「これはユカイだ!アザだらけでよがるバカ女のストリップ姿!!」
 (ひどい・・・)
 男の罵声を聞いたガルーダは眉を歪め、唇を噛んだ。
 「オマエもやれ」
 男は背後にいるキルに言い放つ。キルは酷薄な男の指図に従う代わりに、侮蔑する様な視線で見下す。
 「何だその目つきは!虫唾が走る!!」
 そう当り散らす男の舐め回す様な視線がキルの肢体に向かう。
 「それとも・・・キサマの肢体も調教欲しさにいやらしく発情したのか!?」
 (ワタシ達をオモチャみたいに・・・許せない!)
 「!!」
 キルが男の目の前に突然腕を振りかざす。その掌にエネルギーが溜まる。男は驚いて仰け反った。
 『ガルーダとキル、出動要請だ。こっちへ来い』
 天井隅に設置してあるスピーカから急かす様な声が部屋に響く。
 『ターゲットは警察の追跡を振り切り、現在も都内に潜伏中。サイボーグの可能性もあり・・・』
 「チッ」
 キルは残念そうに舌打ちし、かざしていた手を下ろす。
 
 昼下がりの閑静な住宅街の一角が、緊迫した空気に包まれていた。
 『現在増加の一途を辿るサイボーグ犯罪は、司法への挑戦と位置づけられ・・・』
 事件現場付近で、テレビ局の中継を行うリポーター。背後には慌しく動く大勢の警官の姿が映っている。
 「はやく遺体を片付けろってんだよ!マスコミを通すんだからな!」
 シートに包まれた3体の死体が、事件現場となった住宅近くの道路から運び出される。道端に落ちている前章まで血に染まった制帽が、事件の凄惨さを物語る。
 キキッ
 現場前に黒塗りの高級車で乗りつけ、ドアを開け出てきたスーツ姿の、一見してエリートと分かる風貌の男。
 「ちょっと・・・あの人じゃないか、あの若くして大変優秀だと評判の」
 待機中のマスコミのリポーター達が、口々に男の噂を話す。KEEP OUTと書かれたテープを傍にいた警官がよけて、男は住宅の玄関を入っていった。
 「・・・静かだ」
 整然とした室内。下駄箱の上に置かれたオブジェが生活感を残す。男は狭くて幾分急な階段を見上げる。その険しい様子の瞳に映る、過去の記憶。
 (妙子の歩いていた階段・・・)
 足音を出さずに、男は階段を上がって行く。
 「こちらです」
 事件現場は小ぎれいな一室だった。警察が一通り捜査を終えた後の様で、犯行跡の生々しさも幾分和らいでいた。
 「分かった」
 警官の敬礼に男は小さく敬礼を合わせて廊下を通る。
 「もぬけの殻だな」
 住む人を失った部屋の窓からは遠く空が見え、日差しが白く差し込む。佇む男のスーツ姿が、部屋の家庭的な雰囲気に似つかわしくない。
 (あれほど戻って来いと行った筈だ)
 男は暫し窓の外を眺めていた。
 
 「あっ、八木さんが出て来た」
 男が玄関を出ると、住宅の外の道路で待機しているマスコミ陣が一斉に注目する。
 「話を伺いに行こう」
 「ちょっとマズイよ、あの人は」
 「せっかくのチャンスよ!大人しくしていられないわ」
 記者やリポーターが男の下に集まる。
 「八木さん、今回の事件に関して何かお願いします」
 「離れなさい!君達!」
 警察は制止しようとしたが、八木勇男は拒む事無く質問に応じる。
 「これは国家と犯罪との戦いだ」
 少しも表情を崩さない、八木の端正な顔立ちがテレビ画面いっぱいに映し出される。