ぐらんせにゃ〜ど(2009/5/7〜2009/5/13)

 
ぐらんせにゃ〜ど

 とうじょうじんぶつ
 がるぅだ 猫耳一号
 きる   おなじく二号
 Gはかせ かいぬし
 やぎ   犬。

 深夜のダウンタウン・・・ 
 ドガアアアアアン!!!!
 突如鳴り響く爆発音。もうもうと上る黒煙。
 タッタッタッ
 狭く長い廊下の、視界の先で左右に揺れる重そうな扉。
 「八木さん、大変です!!」
 「・・・行ってやれ」
 オフィスの奥のガラス窓に立ち、顔を逸らして指図する八木。

 「ガルーダ」
 「きゃっ」
 突然の呼集に、部屋でバスタオル一枚のガルーダが小さく驚きの声を上げる。
 「キル」
 「えっ」
 全裸で床にうつ伏せになりくつろいでいたキルが声に向かって振り向く。
 ジジ・・・
 深夜の駐車場を照らすおぼろげな街灯の明り。無音の闇夜に音を立てて明滅する。
 ガチャ
 駐車場の一角に停めてあったセダンのドアを開け、運転席とその隣に座る純白の戦闘スーツをまとったガルーダとキル。 
 バタン
 2人が乗り込んで車体が微震する。そのまま勢いよくドアを閉める。
 「あ、運転席に座っちゃった・・・」
 目の前のハンドルや静まった計器類に気づき、辟易するガルーダ。
 「私、免許持ってないのよね・・・」
 しかしキルの機械製の躯体は既にシートベルトに固定されているし、これから座席を換わるのも面倒だ。
 「構わないわ」
 「ま、いっか」
 そう一人で溜飲を下したガルーダは、キーを回すと急加速で乗用車を発進させ、静かな駐車場を後にした。

 バリバリイィッッッ
 通りにあったテナントのショーウィンドウのガラスが音を立てて砕け散る。
 キャアアアア
 逃げ惑う通行人達。サイボーグ犯罪の頻発する都市部では破壊行為など日常茶飯事であったが、今夜の暴動は特別常軌を逸していた。サイボーグ犯罪者のほとんどが外国人だった。日本では拳銃と同様にサイボーグ技術も禁止されていた。また細菌への感染や拒絶反応、煩雑なメンテナンスといったリスクを抱えてまで人体改造を受け入れるのは、大抵は途上国からの労働者層であった。
 キイイイイイ
 現場となった通りにけたたましいスリップ音を立てて停車する乗用車。
 ガンッ
 バンパーが電柱にぶつかり、衝撃でフロントライトが大破する。
 プシュー・・・
 車体のあちこちから煙が上がる。フロント部分のカバーは開き、タイヤがあらぬ方向を向いて空転している。
 「止まった・・・」
 ハンドルを握りしめたガルーダの肩の力が抜ける。キルは黙って車を降りようとしてドアを揺さぶったら、サイドガラスが割れた。
 ぐるるる・・・
 暴徒と化したサイボーグ化男の血走った目が街路にやって来て何やら取り込み中の2人の女を熱感知する。
 「あー、あれか」
 斜めの姿勢で座席に座るガルーダが前方の瓦礫と炎の中に仁王立ちするサイボーグを見てため息をつく。
 「ただの雑魚の相手なんて・・・うちは愚連隊かっつーの」
 そしてシートベルトを外す動作に入りながらもう一度サイボーグ男の方を一瞥したその時。
 ガチャッ
 サイボーグが足幅を広げて重心を深く取ったかと思うと、何やらご大層な火器の砲身を構えた。
 「!!」
 ドオッ
 サイボーグが反動に仰け反って煙に包まれた直後、砲弾がガルーダ達の乗用車の頭上を通過して背後の建物に当たって爆炎を上げた。衝撃で車の屋根が飛び、呆然とするガルーダとキルの姿がむき出しになった。
 「はは・・・」
 サイボーグは対戦車砲を振りながら逃げていってしまった。
 バババババ・・・
 続いて上空を旋回する、ビルの隙間の暗闇に反響するヘリの音がサイボーグを追いかけるように遠ざかる。
 「早く追いかけないと、ポリに先越されるかも・・・」
 「ええ」
 2人はひとまず急いで動かなくなった車から脱出する。
 「キルって運転出来たっけ・・・」
 スーツに付いた煤を払いながら尋ねるガルーダ。
 「待って。今マニュアルを検索するわ」
 キルはそう言葉を発した状態のまま動かなくなる。背後にいたガルーダはキルの両肩を押さえ、人形の様に固まった美しい横顔を覗き込む。
 「・・・あった」
 「行こう」
 2人は急いで破壊された市街の炎の中を駆け抜ける。取り敢えず2人は人口密集地を探し、車道に停車している赤いスポーツカーに駆け寄る。
 コツコツ
 「ん?」 
 ガルーダはスポーツカーの座席に座っている茶髪ピアスの男にサイドシート側の窓ガラスを銃口で叩いて、降りるように指図する。
 「あ?何だテメー・・・」
 バッ
 「お、おい!」
 メキメキ・・・
 ガルーダに気付いて睨みかけた男の携帯電話を開いていた窓から取り上げ、その場で握り潰すキル。
 ブオオオオ・・・
 キルの運転で通りを走り去るスポーツカー。取り残された持ち主の男は悔しそうに足元の植え込みを蹴り上げた。
 
 司令部からの誘導でサイボーグの現在地に追いつくと、既に機動隊が交戦中だった。
 ブンッッ
 対戦車砲の砲身を振り回し、機動隊を翻弄するサイボーグ。
 「どーする・・・もう撤収?」
 ガルーダが通りの端で動きあぐねていると、無線式のイヤホンの向こうから職務を終え様子を見守っていたであろう八木の声がした。
 「機動隊が鎮圧に失敗した場合に備え、そのまま現場で待機だ」
 「しかし・・・相手は既に動きが鈍っていますし、単なるギャングの火遊びで政治的目的もありませんし・・・」
 ガルーダは前方の捕り物を眺めながら、艶のあるポニーテールの黒髪を真新しいスポーツカーのシートに垂らして困った様な疲れた様な態度を露にする。
 「逆らうな、これは命令だ」
 そう言って通信が切れた。
 「このまま待機ですって〜・・・寝不足はお肌の大敵なのにねー」
 そうぼやいて運転席に腰掛けたキルの太腿に上体をもたれかけるガルーダ。しかしキルには同情も拒絶も無く、ただガルーダを受け止めるだけだった。
 
 結局、暴徒は機動隊に拘束され、ガルーダ達はあちこち煙のくすぶる市街を後にした。秘密基地に戻ると、警察経由で既に盗難したスポーツカーの請求に対しての補償がされていた。
 「お疲れ様」
 医務室の入り口には眠そうな目をこする利発そうな白衣の青年が2人を待っていた。
 「頬が汚れているよ」
 「えっ」
 医者の青年は2人の腰に手を添えて医務室に招き入れる。
 「敵は武装していたし、警察には先越されるし・・・肩透かしを食らったような気分よ」
 全身にチューブを繋がれて横たわるキルを尻目に、ガルーダは若い肢体のあちこちを包帯やガーゼでテーピングされた姿で、ベッドで診察を受けていた。
 「それでも万が一被害が拡大した場合に備えなければいけないからね・・・息災で良かったんじゃない?」
 「みんな人の事を部品みたいに・・・何ならあなたが私の代わりやってみる?」
 「いや出来ないけど・・・」
 白衣の男は動揺を表情に表しながら、ガルーダの開かれた胸に聴診器を当てる。アドレナリンの分泌からか幾分鼓動は早まっている。
 「問題無いね。ほら立ち上がって」
 「・・・ん」
 ガルーダは安堵や任務の継続といった緊張などの処理し切れない感情からか、言葉を濁して医務室を後にする。
 ガーッ
 電動式ドアを開けるとそこは暗い部屋。何事も無かったかの様な空気に包まれている。
 「ふう」
 袖なしのシャツと短パンのままでシーツに潜り込む。しかし寝付かれずにキルの部屋へ向かう。
 「キル・・・もう寝てる?」
 そう寝ぼけながらキルのベッドに入り、眠りについた。

 翌朝。
 チュンチュン・・・
 雀が窓の外で鳴き始める。昨晩の騒ぎがウソの様な、清らかな朝の光。
 「うー・・・ん」
 ガルーダが薄目を開ける。うっすらと、目の前にいるキルの姿が浮かび上がる。ふくらんだ腰をシーツの上に横たえて、両腕で上体を支えて起き上がり、ガルーダを見下ろすキル。
 「あ・・・オハヨ・・・」
 ところがその姿はどこか違和感がある。頭には可愛らしい耳が生え、両手はふわふわの毛が付いてしかも爪が立っている。
 「あれ・・・キル・・・何?その姿・・・」
 急激に意識が覚醒するガルーダ。
 「あんたこそ、ネコ科の小動物の特徴に酷似してて・・・」
 「え・・・私は何とも無いはずニャ」
 その言葉にハッとして手で口を覆うガルーダ。見開いた目に飛び込んで来る肉球。2人は顔を見合わせる。
 「え・・・・・・」
 「いやああああああああああ!!!」
 建物内に2人の姦しい叫び声が響き渡るのだった。


 「いい天気だねー・・・」
 昼下がりの陽気の下、今朝起きると猫化していた戦闘少女のガルーダと女性型サイボーグのキルは、空き地の土管の上でふわふわした毛と肉球と爪の生えた足先をぶらぶらと揺らしながら、緩やかに流れる時間を過ごしていた。
 「あれ?何か声が聞こえる・・・」
 「えっ」
 ガルーダはピク、と猫耳を尖らせて遠くの物音に気付いた様だった。しかし辺りは閑静な住宅街な上に、刻が止まったかのような午後のまどろみに包まれていた。
 「ちょっと行ってみよ」
 「ガルーダ?」
 ガルーダは土管を押さえつけた掌を軸に身を翻して草っ原に降りると、背後の民家の塀に走って行き、身を屈めて塀の下の隙間を通り抜けようとする。まわりの苔むした暗色系の景色とは対照的に不自然に真っ白な、戦闘スーツに包まれた突き出たオシリが悩ましい。
 「うげえ」
 肢体の凹凸に焦って無理やりすり抜けようとした為か、塀の石の断面にしたたかに背中を打ちつけて小さく間抜けな声を漏らした。
 「大丈夫?」
 それを遠目からじっと見ていたキルも思わずあきれた様に問いかける。
 「あいたた・・・」
 塀を抜けて内股すわりで背中を押さえるガルーダ。頭上を見上げるとそこは暗く涼しい陰鬱とした民家の裏手だった。
 にゃー・・・
 切れ切れな声に気付いて腰を重そうに支えて立ち上がり、純白のスーツを汚す土を払い周囲に気を配りながらおぼつかない足取りで歩くガルーダ。
 「あ!」
 家屋の外壁の角にさしかかると地べたの砂利の上に這いつくばる痩せネコを見つけた。
 「え、ちょっと・・・どうしたの?」
 ぐったりした猫の顔を取り合えず覗き込むガルーダ。
 にゃあ
 猫の方はぶっきらぼうにほっといてくれ、みたいな事を言っている。
 「ほ、ほっといてって・・・でも、そういうワケにはいかないんですケド!」
 必死に呼びかけるガルーダ。猫の方も観念したのか
 「み、水・・・」
 といった事を口走って力尽きた。
 「お腹、空いてるのね・・・」
 ガルーダは慌てた様に踵を返し、その鍛え抜かれた跳躍力によって塀を飛び越え、軒下を後にする。
 「キル、大変よ!」
 ガルーダは庭の裏手にいた猫の事を話した。
 「それなら、生魚を調達するなんて、どう?」

 キルのアイディアにより魚屋の通りにやって来た2人。店内を観察する。買い物鞄を提げた主婦が2、3人と、奥の方にエプロン姿で包丁を握った店主、そして仕入れに来ていた若い男。
 「ここは正攻法で行く?」
 そう言って目配せをすると、店主が目を離した隙に飛び出すガルーダとキル。
 「おいこら!!」
 2人は店先に置いてあった小魚を咥えて走り去ろうとするが、怒り狂った店主が捕まえようとする。
 「はなせ!!」
 背後から掴んでくる店主のごつい腕を振りほどこうとするガルーダ。一方仕入れ担当の若いのも必死になってキルの背中に手を伸ばし、尻尾に届く。しかしそれが彼女の逆鱗に触れた。
 「尻尾を掴むなやー!!!」
 その刹那にキルの爪が宙を舞い、男は崩れ落ちた。結局ガルーダを取り押さえようとした店主も投げ倒され、通りにうずくまっている。
 「ちょっと怖いよ、キル・・・」
 2人は小魚を握って瀕死の猫の待つ空き地に向かい住宅街を駆け抜ける。
 「何かムカついただけよ」
 「それが怖っ・・・てゆーか私半分は人間だし、普通にお金払って買っても良かったかも」
 「まあね・・・」
 2人はそうとりとめもない会話をしながら急いで空き地へ向かった。

 やせ猫に盗んできた小魚を与えると、すごい勢いでパクついていた。
 「美味しそうに食べるわね」
 小さな猫の様子をしゃがんで見下ろす一応猫化してしまった2人の女。
 「でもどうしてこんな所で野垂れ死にしかけてたんだろうね、この猫」
 魚の身をあらかた食い尽くすと、徐にその猫は口を開いた。
 「うんうん・・・通り魔が・・・襲われて・・・餓死寸前だった」
 2人の美女に囲まれた為か猫の要領を得ない話し方だったが、どうやらこの界隈に猫を襲う人間が現れるという事が分かった。早速2人は帰属先である八木の邸宅に戻り、その事を伝えに行った。
 「何だ」
 八木の座椅子には犬様の人間が座っていた。
 「い、犬ですか!?」
 何とガルーダとキルが猫になったなら、八木は犬化していた。
 「気にするな」
 「あのう・・・」
 ガルーダは動揺しながら猫を襲う人間の事を話す。
 「お前達は凶悪犯罪の根を断ち、国家の正義と国民の安全に資する為という願いをもって私設されたものだ。そのような瑣末な事柄に関して無闇にその威力を行使する事は許されない」
 八木は手元の書類に目を通しながらさらっと言いのけた。
 「その姿で言われても迫真さが足りないですけど・・・」
 「とにかく用は無い、出て行け」
 「はい、すみません・・・」
 2人は仕方なくオフィスを後にした。長い廊下を歩いていると、データセンターのゲート前を何か思案している様子で右往左往している科学者Gの姿が見えた。
 「おお、お前達か」
 2人に気付いた科学者G。だがその姿はよく見れば猫耳が生えていたり手足がふわふわの毛に覆われていたり違和感があるのだが、それほど関心を惹かなかった様だ。
 「あの・・・私、カラダに不調を感じて・・・」
 ガルーダの不安そうな訴えに反応して一瞥する科学者。しかしすぐに目を逸らす。
 「・・・工学的見地からは、何ら問題は無いように見えるが」
 「でも、これ・・・」
 ガルーダはおずおずと背中の尻尾の先を掌に乗せて差し出して見せる。
 「・・・私には君達が私の作った戦闘スーツをまとい立っている時点で十分なわけで、猫様の耳が生えようが尻尾が付いていようが関係の無い事だ」
 その言葉にガルーダは手から尻尾を離した。
 「・・・では、捜査に支障が無ければ私がどのような行動を取ろうと問題は無いのですね?」
 「・・・何の事だ」
 「同じ猫の為に活動したいと思っています」
 「・・・ああ。問題無い」
 猫である事に困らないとするなら、猫としての行動原理を妨げる理由も無いという帰結。それは確かに理には適っていたが、ある意味大変無責任な判断であった。
 「分かりました」
 そう答えてガルーダとキルは科学者Gの前を通り過ぎた。科学者も自分の思案に戻るようにその場を去った。
 
 夜になりガルーダが部屋に戻ってベッドに腰掛け、拳銃をいじろうとした時の事だった。
 「け、拳銃が持てないー!!問題あり過ぎだーっっ」
 そうして猫の手で頭を抱えるのだった。