メイドさんとおたく―2010―(2019/7/23~2019/7/25) 約3,614字

私は地方都市在住の24歳の未婚の女。ご主人様の一人暮らしの部屋にメイドとして住み込みで働いている。その日は最近ご主人様がハマっているそばとうどんを買い出しにマンション近くの生協に来ていた。
 "ここで僕がお薦めしたいのは菜食生活です。とは言っても葉っぱを食えというわけではないです。肉を食わないという事です。むしろ野菜も食いません。医学で必要とされている食事に敢えて逆らうわけです。残るのは乳製品と穀物と糖類。これでアニメおたくたるには十分です。糖分があれば頭は働きます。乳製品はおたくのフットワークを磨いてますね多分。それらはお菓子とジュースで摂取可能。あとは米と麺を食って終了。"(2009年6月21日のご主人様のブログ記事より抜粋)
 ご主人様の今後の健康が少し心配であるが、私は外に出たがらないご主人様の3日分くらいの食事を購入した。
 「1万円になりまーす」
 深夜の駅近くの生協では、ご主人様の高校時代の同級生がレジで就活までのバイトなのか働いていた。ご主人様は2年前に大学を卒業し、家でぐだぐだしているだけだがとっくに社会人である。買い物が夜の9時とか10時になるのは、夜型生活をしているご主人様に合わせての事だ。

 「ただいまー」
 私はご主人様のマンションに戻って、食材を冷蔵庫や台所にしまった。ご主人様の部屋に行くと、オープンワールドの殺人ゲームにハマっていた。modを使って不死身になったり武器を使い放題にしたりとチートをしているらしい。
 「オフロ入ろーっと」
 私はお風呂で汗を流し、自分の部屋に戻って髪を乾かしてご主人様の大好きなデジキャラットのコスプレ衣装のメイド服に着替えた。部屋で過ごす時はメイド服というご主人様の決まりである。
 「あー、暇だ」
 ご主人様が徹夜でゲームを続けているので、私はメイド服のまま横になった。そのままウトウトしてきた。

 ハア、ハア・・・
 荒い息遣いに気付いて目を覚ますと、何と目の前でご主人様が私の寝姿を見ながらオナニーをしていた。私は慌ててスカートから覗くパンツを隠す。
 「キャッ」
 私は立ち上がって後ずさるがご主人様はオナニーをやめない。私は壁際に追い詰められた。
 「え・・・?」
 ご主人様は壁にもたれて怯える私の顔の横に腕を伸ばして、壁ドンしてきた。
 (な、何なの・・・?)
 壁ドンされてもちっともキュンとこないシチュエーション。
 「う・・・く・・・」
 ご主人様は私の胸の谷間を見ながら、手でしごくスピードを早める。
 「イクッ!!」
 ピュッ!!
 ご主人様が精液を私のスカートにかけた。
 「気持ち悪・・・」
 私から出て来た言葉はこれだけだった。静まり返った部屋。私はパンツ一丁のご主人様の足元にへたり込んだ。

 「八ッ」
 目を覚ますと、無機質な部屋の照明の光が目に飛び込んできた。スカートを確認する。精液は付着していない。
 「なんだ、夢か・・・」
 悪夢を見ると気分が落ち込むが寝ざめはいい。そんな事がよくある。
 「ご主人様は何してるんだろう」
 私は自分の部屋を出てご主人様の部屋を覗いてみた。私が買って来たハンバーグとピクルスをバンズに挟んで、自作のハンバーガーを作って食べながら殺人ゲームを続けている。
 「そういえばご主人様は半年以上オナ禁中だった」
 ご主人様は高校以降にサルみたいにオナニーしていて、落ちこぼれになった事を悔やんでいて、高校以降の自作漫画が嫌いらしく、ネットにも中学校までの漫画しか公開していなかった。それで24歳になる前からオナ禁を始めた。
 「さて、ブログを更新するか」
 メイドの私はご主人様のブログに、ご主人様は殺人ゲームにハマっているようです・・・とプレイ画像付きで記事を投稿した。
 「この分だとまだ暇だな、明日はネイルサロンにでも行こう」
 私はメイド服を脱いでベッドに寝転がって雑誌を読んで過ごした。

「ご主人様、何か漫画を描かれてはいかがですか?」
 私は食卓でうどんをすすっている向かいのご主人様に話しかけた。
 「あ、ああ。そうするか」
 食事が終わると、ご主人様はノートに漫画を描き始めた。
 『おっと寝る時間だ』
 漫画を覗いてみると、中学生が寝る前に実家の収納扉を開けて、その中に広がった空間にたくさんの女性が収まったカプセルの中を歩き、一人の女性を指名した。
 (今日はソコまで手が・・・はやくきて・・・)
 内容は中学生の時のご主人様が夜寝る前にしていた妄想を漫画化したもので、エロい妄想をしていたが行為の途中でいつも眠ってしまうので、次の夜にその同じ行為を最初からまた妄想して、徐々に進んでいき、でもまた眠ってしまうので相手の女性がもどかしい思いをするというものだった。
 「ご主人様はいつまでも中学の頃の自分にこだわっているのね・・・」
 秋になるとご主人様は外を自転車で走り回ったり、ずっと歩いたりしてダイエットを始めた。空腹をごまかす為に朝起きて最初にする事が飲酒になるようになった。もちろん酒に酔った状態で自転車で外出する。一度外出すると8時間は帰って来なかった。
 「もう、メイドの私の事もほったらかして・・・」

 そしてその日は3月の春も近しという日だった。ご主人様は53kg程まで痩せて、今日もダイエットに出かけて14時頃部屋に戻って来た。
 「あー疲れた」
 ご主人様は部屋で一息つく。
 ゴゴゴゴゴ・・・
 数日前から兆候があったが、部屋が突然揺れ出した。かなり大きい。
 (じ、地震だ!動けない!立っているのがやっとだ!!)
 ご主人様の住む地を巨大地震が襲った。ご主人様は目の前で部屋の物が倒壊して、コナゴナになっていくのを成すすべもなく見ていた。
 「メイドさん大丈夫?」
 部屋の床が散乱した家財道具で埋め尽くされたので、私とご主人様は部屋の近くの小学校に避難して一夜を明かした。市街地は明かり一つなく真っ暗だった。水道だけは出たが、電気とガスは使えなかった。外では食料を求めてスーパーの前に行列が出来ていた。沿岸部は津波で壊滅し、多数の死者が出た。隣県では原発事故が起こり、放射能汚染が広がった。

 震災から数ヶ月後、ご主人様はある決意をした。
 「故郷を捨てて首都圏に行こう」
 メイドの私もご主人様についていく事になった。新たな生活の地は埼玉県さいたま市。
 「今度メイドさんと私で東京に遊びに行こうね」
 ご主人様は意気揚々としていた。
 「ご主人様、漫画は描かれないのですか?」
 ご主人様は震災の半年前程から絵を描くのをやめていた。
 「そうだな・・・私はまだ漫画を原稿として描いた事が無いから、デジタル原稿のノウハウを習得したい」
 私とご主人様は大宮のソフマップに行き、漫画制作ソフトを購入した。
 「何を描くとかは決まったんですか?」
 私がご主人様に尋ねる。
 「うーん・・・中学生の頃の漫画を原稿にするか」
 ご主人様はデジタル原稿の練習を始めた。ところが練習をしていくうちにご主人様の様子がおかしくなった。セリフの吹き出しのウニフラッシュ一つを描くのに2時間くらいかかるようになった。
 「私は新しい線を描くのが怖いんだ。ウニフラッシュも中学の頃の線じゃないと認められない」
 ご主人様の中では21世紀の絵を全否定するという観念が出来上がっていた。ウニフラッシュ以外のキャラクターなどの絵も、髪、顔のパーツ、体と20世紀のプロの漫画の線を引用して自分の漫画を描こうとしていた。やがてご主人様はデジタル原稿の練習を投げ出して、どこかに行ってしまった。
 「ご主人様、今どこに居るんですか?」
 不安になった私はご主人様に電話した。
 「今は秋葉原に居る」
 私はご主人様を探しに埼玉から東京へ向かった。
 「メイドさん・・・!」
 ご主人様は一晩中秋葉原を彷徨い歩き、やつれた表情で秋葉原駅で始発を待っていた。
 「ご主人様・・・!」
 私は自分を見失ったご主人様を抱きしめる事しか出来なかった。

「メイドさん、私はこれからどうしたらいいんだ」
 ご主人様が私に尋ねる。
 「ご主人様は2010年までは漫画を描いていましたよね?」
 私が答える。
 「でも失敗作しか無いよ」
 ご主人様はそう決めつけていた。
 「もう一度観てみたらどうかしら」
 ご主人様は実家の本棚から自分の高校以降の漫画を取り出して読んでみた。
 「これは・・・!」
 ご主人様は記憶に無かったが、大学2年の後期からご主人様の絵は上達していた。
 「ご主人様はデジタル原稿の練習をしていました。これからは過去の漫画の原稿化に取り組んだらいいのではないですか?」
 私が言う。
 「メイドさん、ありがとう」
 ご主人差が私の手を握って話した。

 「あっあっあっあっ」
 ご主人様との最後のセックス。
 「メイドさんのナカあったかいよ」
 正常位で結合する二人。
 「ご主人様の、硬い・・・」
 メイドさんは乳房を揺らしながら感じているようだ。
 「メイドさん、今までありがとう」

 それからご主人様は過去の漫画の原稿化を始めた。
 「ご主人様は今まで夢を見ていました。今度は人に夢を見せる番なのです」
 ご主人様の漫画絵描き生活も、あと4年で30周年になる―