me and she


 穏やかな風が吹いていた。僕は向日葵の広がる坂を駆け下りて木造の白い洋館に自転車を止めた。
 「すいませーん」
 開きっぱなしになっている玄関の扉から声をかける。
 「どうもこんにちは」
 廊下を通りかかった女性と目が合い、僕は挨拶をした。
 「健一くん」
 その女性は僕の事を覚えていたようで、一瞬足を止めて微笑をもらした。
 「直樹くんですね。ちょっとお待ち下さい」
 僕は階段の方へ歩いていく彼女を確かめつつ、立派な玄関に足を踏み入れる。建物の中は外と比べて暗かったが、すぐに目が馴れた。
 「直樹さーん、お友達がー。」
 彼女は僕と話した時より低い声の調子で2階にいる僕の友達に向かって呼びかけた。僕は玄関に座って空を見ていた。
 「やあ」
 直樹が後ろから僕に声をかけた。
 「丁度宿題が終わった所だった」
 「そうか。じゃ、行こうか」
 直樹は家の隅から自転車を取り出して来た。僕はヒコーキ雲を眺めていた。
 僕は直樹の唯一の友達であるらしかった。直樹は頭がいい。のみならず十人中九人の女が振り向く美少年だ。髪を長く伸ばし、少し憂鬱そうな目をしている。だから僕は彼と話す事が何だか照れくさかった。しかし直樹の方はそんな僕の態度も一向に気にならないらしかった。
 「健一」
 「何」
 「笑いたかったら笑えよ」
 鈍い僕には直樹が何を言っているのか見当がつくはずもなかった。
 「バカにするな」
 そういったまま2人は黙って自転車をこいだ。

 僕等は住宅街の一軒の家で自転車を止めた。するとポニーテールの女が2階の窓から身を乗り出して言った。
 「待っててー今行くからー」
 そう言って階段を踏み鳴らす音が聞こえた。
 「アイツ胸でかくなってきたなあ。でももう少しキレイな体を眺めてよう」
 「変態だな、お前」
 と言ってるうちにB87W58H84(健一調べ)の女が降りて来た。
 「制服じゃなくてデニム着て来いよーあとニットのパンツ」
 「うっさいわねこの変態、あっはじめましてー麗菜っていいます」
 直樹は目鼻立ちのいい顔を一瞥したが、黙ってペダルに足をかけた。
 「こいつは直樹ってんだ。話してたろ」
 「わーかっこいいー」
 直樹は無反応だったが、サドルに乗った麗菜の形のいいシリを横目で見ていたので、案外スケベな奴だなと健一は思った。
 3人は静まり返った住宅街をすすんだ。
 「レイはホント自転車のこぎ方イイなー背筋がピンとしてて」
 「陸上やってるから少しは意識してる」
 「いいなー陸上」
 「大変なのよ、走るのって」
 「わかる」
 直樹がはじめて発言した。
 「でしょー!毎日10km走らされるのよー」
 「そんなに走ってんのかよ」
 「アンタになんか絶対出来ないわよ」
 「うるせーオッパイもむぞ」
 「アンタなんかに触らせないよーだ」
 「元気だね、2人とも」
 「アッハッハ」
 「もー」
 「さっきから話さないよな、苦労人」
 「俺なんか部屋に閉じこもってばかりで全然鍛えてないからね、腰が痛いよ」
 「一緒に鍛えよっか」
 直樹はまた黙ってしまった。麗菜に赤面させられない男はいない。僕はいつかこの女を赤面させたいと思っている。でも今はパンチラだけで充分。
 
 3人は街はずれのアパートに着いた。カラスの鳴き声がうるさい。
 「ジャンケン」
 直樹が負けたが、僕が行く事になった。
 「そうか、危ないのか。気をつけろよ」
 「お前もな」
 「早く行け!」
 僕はゴミ袋の陳列された玄関に立った。
 「正人ー」
 遠くで雑誌を閉じる音がした。
 「早くしろよ」
 「待て。今ヒゲをそって顔を洗う」
 この男は妙に神経質だ。部屋はきれいだがゴミはたまっている。本人曰く「地域住民と顔を合わせるのが恥ずかしい」のだそうだ。