エスイーエックス(2008/12/8)


 田舎者にはよく分からないが東京のど真ん中に、ミラーガラスに覆われた50階建てのビルが聳え立っていた。その最上階、帝王椅子にゆったりと腰掛け、上物のワインをくゆらす、精悍な顔付きの青年。
 「河村党首、陳情の方達が参りました」
 不意に入室する秘書。カワムラと呼ばれる青年は部屋の入り口に向かって振り返った。
 「ようこそ、モビルスーツ開発事業団の方々」
 数人の来訪者は入り口に留まっていたが、そのうちの一人がアタッシュケースを持ってカワムラの下に近寄り、名刺を差し出した。
 「これはほんの気持ちです。貴党の選挙大勝の暁には、是非我が事業団への予算配分を」
 カワムラはアタッシュケースの中身を確認する。中には金塊が詰まっている。
 「分かりました。前向きに善処します。では、予定がありますので」
 カワムラはクローゼットから手当り次第にスーツを取り着替え、応接間に通される陳情の一行を尻目に、部屋を後にし高速エレベータに乗った。
 「この後18:00から食事会です」
 「全く・・・何が仕事なのか分からなくなる」
 カワムラは貧乏人にはロレックスに見える様な時計を見つめ、明らかに苛立っていた。彼はぎりぎり土曜日が休みではなかった世代で、その為彼にとって土曜の夜は特別な時間という強い意識がある。本当ならアニメでも観ていたい気分で、それがほとんど徒労みたいな事をしていると思うとすごくテンションが下がる。頭の中には既に"シェイク"というヒットソングが時報の如く流れ出す。
 「・・・そもそも考えてもみろ、人間は未だに地面を這いつくばっている。これは情けなくなる。だから私は先端事業への協力を惜しまない」
 「ごもっともです」
 「無論、そこが我が政党のセールスポイントだ」
 東京大学法学部を主席で卒業し、25歳にして新党を結成、自ら党首となる。既存の政党の形では議会を牛耳る古狸には勝てないといち早く悟った彼は、政治意識に関して無色な若者の支持を取り込むようにして斬新な政策を次々と発表し、一躍カリスマ的扱いを受けるようになった。