妖華(2005) 約5,260字

ここは日本の地方都市の郊外にどこでも見られるような住宅街・・・小泉衛は制服のブレザーを着くずし、ノートPCを小脇に抱え、ヘッドホンで流行の歌を聴きながら歩いていた。髪は整髪料でしっかりセットされている。毎日続けている登下校である。衛は何の面白みも無い日常に退屈さを感じていた。都市中心部から離れた平凡な普通科高校。たまに運動部がインターハイに行ったり模擬試験でそこそこの成績を取ったりする奴がいるが、それ以外はとり立てて目立つ事の無い高校である。成績のいい方の人間は三流私大を狙う程度の学力で優等生ヅラして固まってるし、中間の人間はバイトや部活、生徒会や恋愛なんかで青春してて近寄りにくいし、成績の悪い人間は不良でよく騒ぎを起こしてて怖いし、衛は居場所が無くて浮いた存在になっていた。周りに親しく話す人間が居なかったので、衛はインターネットのチャットでコミュニティーをつくり、パソコンを通して趣味について語ったり、悩みを相談し合ったりしていた。衛のつくったサイトはかなり大規模なものになり、カテゴリ別に毎晩多くの人間が書き込みをしていくようになっていた。衛は学校に居る時もいつもネットの事ばかり考える様になっていた。衛にとってはネットは身体的・地理的な制約を離れた非日常を提供してくれる空間になっていた。ネットでなら社会のタガにはめられずに様々な人と自由に言いたい事が言える。そしてメールのやり取りで文字の上での恋愛も・・・。ネットに深くはまっていくうちに、衛は教室の席に座っている、また家族と食事で黙ってご飯を食べている自分は偽りの自分で、ネットで時には偉そうに、時には優しさそのものでキーボードを打っている自分こそ本当の姿だと思う様になってきた。そうなるといよいよ現実に面白味が無くなってきた。街のアーケード街のショーウインドウの向こうも、すれ違う着飾った女性達も、クラスで調子のいい取り巻きを隔てておしゃべりしている憧れの女の子も、MP4の動画の一種としか思えなくなってきたのである。暗くて消極的な衛には思い切って声をかける事など出来ない。それならもっとワールドワイドで刺激的なネット上の配布画像なんかを見てた方が楽しいし、くやしさやコンプレックスで自己嫌悪に陥らなくて済む。

だがその頃、衛はある悩みに悩まされ続けていた。いる。いるのだ。部屋に女の子が。年は15、6ぐらいで、自分と同じくらい。髪を分けていて眉毛はくっきりとしていて、目は少し閉じていて唇が赤く、卵を逆さにしたような輪郭で鼻はきゅっと小さく高くて、果実の様な胸とオシリはビキニしかまとっていない。そして真っ白な肌。衛がパソコンに向かっている間、横のベッドに座って足を伸ばしてこちらを見つめている。見つ目返すと、目を細めて舌と唇を絡ませてこちらを挑発してきた。辛抱たまらなくなったので押し倒して唇を奪い腰を振ってやったら、涙を流して嫌がってた。果てた後一眠りして目を覚ましたらその女の子はいつの間にかいなくなっていて、衛は枕に抱きついて口づけしてた。次の日学校から帰って来ると、また彼女がそこに座ってる・・・。母親が部屋に入って来た時、様子を見たが、彼女がいる事に気付いていないようだった。これは都合がいいと思い夜になって女の子の口と手足をガムテープで縛り、一晩中犯したが朝になると中出ししたはずの精液もガムテープもベッドの上に散らばっていた。しかもその日チャットを見たら夜エッチした内容が全て書き込まれていて、偶然見つけたスレッドには、続きを希望とかキチガイのネタだ、とか書かれて賑わっていた。衛は自分の目の前にいる女の子が怖くなってきた。自分にしか見えない。エロゲ―を借りに来た友達に聞いたところ、「見える」と言っていたが、そいつは学校でいつも「電波が見える」と言っている奴なので信用出来ない。幽霊か妖怪の類ではないかと思い夕食の時親父に相談してみたが、仕事が忙しいんだ、お前に構っている暇は無いと一蹴されてしまった。衛は幽霊や妖怪など信じなかったが、最近自分のサイト内に「パソコンで起きる怪奇現象」というスレッドが立っていて、衛自身もつい最近自分と目の前の謎の女との夜の行為をネット上で何者かに暴露されて困っていた。女の子は今日も媚びて来る。衛は女の子の頬を殴った。女の子は頬をおさえて倒れた。その時股が開いてピチピチのビキニごしに陰部の形が見えた。衛は欲情してまた女の子を犯した。次の朝両親は何事も無くパンとコーヒーを食べている。あんなに女の子はよがり声をあげていたのに。衛はネットにとうとうその事を書き、得体の知れないものが部屋に居て困ってますと書き込んだ。具合を悪くして、学校を休んでいた。

何日かして返信の一つに、悪霊を退治している人を紹介するという文があった。話によるとその人は怪現象や妖怪の目撃情報等を探していて、問題解決に力を貸すという。報酬をもらうのはニセ情報を警戒するためだそうだ。衛がメールを送ったところ、住所と電話番号を聞いてきて、女だが大丈夫かと返信が来た。衛は誰でもいいから部屋に来て欲しかった。約束の日時、衛が窓から外の道路を見ていると、女の生足が見えた。市内でもトップクラスの進学校の制服を着て、カバンと木刀を持っている。短いスカートが風に揺れている。白装束を着たババアみたいなのを想像していただけに、衛は少し戸惑った。衛は玄関まで降りて行き、女を迎えた。女は衛と、衛の来客とは似つかわしくないような美人だった。名前を藤彩妖華という。女に見下ろされるのも悪くは無かった。妖華は衛をチラッと見たが、衛に案内されるままに部屋へと向かった。部屋は窓からの夕方の光が長い影を落とし、パソコンのディスプレイが人工的な色で光っている。妖華は部屋の様子と衛の顔とを見比べて、すぐに結論を出した。「女の子はあなたの妄想の産物ね」「は?」衛の驚く顔の後ろにアニメのポスターが貼ってある。「ここには幽霊も妖気も感じないのよ。」妖華はきっぱりと答える。「でも・・・」「いい、あなたは聞いたところによるとネットのヘビーユーザーらしいわね。」衛はコミュニティー系のサイトの管理人をしている。「それであなたに悪霊の悩みを相談出来たんだ。ネットは便利だろ・・・」「そうかしら」妖華は夕陽の光を背に衛の方に振り向いた。うっとりする程かっこいい。頼り甲斐のありそうな女性だ。無音の部屋の一瞬の沈黙。「あんたは現実の生活が希薄になってネットの架空の世界に没頭するあまり、現実と非現実の区別がつかなくなった・・・。あなたは一人でいる事に孤独を感じ、架空の存在との生活を演じていたのよ・・・。」「あ・・・あ・・・」衛の体は震えていた。「調査だけで駆除はしなかったから、調査料3万円でいいわ。あとは医者についてもらって。私の領分じゃないわ・・・。」衛は黙ってサイフから万札を3枚抜き出し、妖華に渡した。「ありがとう」妖華はそれをポケットにしまった。「待ってね。今護符をあげるから・・・」妖華はお尻をつき出して屈み、カバンの中をあさる。その美しい肢体は嫌でも衛の目に飛び込んできた。「・・・むぅ」衛は妖華の背後から部屋の入り口へ回り、ドアを閉めた。その音に妖華が気付く。衛は妖華の体をむしゃぶりつくす視線で妖華を見た。「何?」妖華は衛の方を向き直った。衛は間髪入れずに妖華をベッドに押し倒す。妖華はベッドにつけられたスプリングの抵抗を感じた。「一発3万円なら高いくらいだよな?」頭上で真っ赤な顔が舌なめずりをする。妖華は制服の上から妖華の胸をつかんだ。その時衛の体が震え出し、訳の分からない事を言い始めた。「お・・・女の子が・・・こっちに来る・・・!」妖華は衛から離れた。衛は頭をおさえてうずくまっている。「襲って来る!!」妖華は立ち上がって服のずれを直し、髪をかきわけた。「・・・自分の幻覚に感謝しな。」そう言うと、彼女はカバンと木刀を取り、机の上に静かに護符を置いて部屋を出た。外はすっかり暗くなっていた。

妖華は人の居ない駅のプラットホームにいた。「妖華!」振り向くと、同級生の愛原美奈子だった。「夜景がきれいねー、妖ちゃんもキレイだけど♡」美奈子は妖華の隣の椅子に座り、スカートから出たハリのあるフトモモを押し付ける。彼女一流のスキンシップだ。線路の向こうにはビルの長い胴が黒とも青ともつかぬ光沢を放ち、そのところどころから灯りがもれている。ビルとビルの隙間にはまたビルやテレビ塔、である。屋上や先端には赤い光が点滅している。それが妖華が守ろうとしている街の風景。「そろそろ来るよ、電車。」美奈子は立ち上がった。「帰りましょう、私達の愛の巣へ。」「何よ、それ・・・」2人は電車に乗り込んだ。等間隔の窓の光の列が、闇夜の空をきって走った。

「妖華さん!!」目覚めたのは教室の机の上だった。目の前には笑顔を引きつらせた担任が立っている。スーツに身をつつんだ腰が男子生徒の目の高さを通過する。「授業が終わったら指導室へ来なさい」「・・・はい」そのセクシーな担任の女は満足そうにうなずくと、教壇へ戻り際に成績トップの優等生の頭を撫でた。その腰のくびれと尻の曲線美とを無防備にさらした後ろ姿に、何人の男子が自らの怒張をブチこむ妄想をした事だろうか。「では授業を続けます。・・・エット微積の計算ね。ここは必ず試験に出るわよ」妖華はばつが悪そうに辺りを見回す。周りの生徒は皆真剣そうに机に向かって問題を解いている。妖華は前日徹夜で民俗学、特に信仰や伝承などの買い漁った書物の研究をしていた。知識を深める事で自分の力や妖魔等の理解につながる。妖華の体を眠気が支配していた。寝不足はお肌の敵である。数学の時間は格好の睡眠時間だ・・・。「妖華さん!」妖華が顔を上げると授業はとっくに終わっていて、目の前で担任の美森真紀が体を小さく震わせて艶のある唇を噛みしめている。「ゲ・・・」妖華は血の気が引くのを感じた。「アナタは本っ当に不真面目ね・・・」その後妖華は指導室で真紀にこってりしぼられた。おかげで購買で弁当が買えず、空腹の午後を過ごすハメになった。午後の授業は古典、体育、物理だった。古典は文法は苦手だったが好きな授業であった。ハゲ頭の話はなかなか聞き飽きない。体育は柔道をやっていて、妖華は強過ぎるという理由でいつも男子の、一回りも二回りも大きな奴の相手をさせられた。体格のいい男子以外は相手をしたがらなかった。最後の物理の授業は、妖華にとっても有用な物であった。物体の運動法則を把握する。力の弱い女が持つべき知恵だ。といっても普通の人間を相手する分には妖華はちっとも弱くないのだが。放課後、妖華は数学の担任、美森真紀に呼び出された。何の事はない。補習授業だ。すっかりへとへとになって終わった時には、教室の時計は6時を指していた。妖華は毎日の通学路で家路に着く。カバンと木刀をヒザの上にのせ、電車に揺られていた。向かいの席にはトレンチコートを着た、OLらしきショートカットの女性が座っている。妖華を見ている気がして目を向けると、目を少し下に反らした。美人だが、おとなしそうだ。一瞬妙な感覚にとらわれたが、8時からのテレビドラマを見る事を考えると忘れてしまった。「ただいま・・・」マンションの13階、鉄製のドアを閉め、屈んで靴を脱ぎ、マフラーをとって靴箱の上に置き、廊下にカバンと木刀をよっかからせてリビングへ行った。そこには風呂上がりでバスタオル1枚の愛原美奈子がいた。「ごめんね妖華ちゃん、学校で待ってたんだけど先に帰ってきちゃって」そう言って缶ビールのふたを開けた。「いいよ、私6時まで補習だったから」「それはご苦労様」美奈子はビールを飲む。未成年だというのに。妖華はテレビをつけ、チャンネルを回した。今やってるドラマに好みの俳優が出ている。「こんなカッコイイ人どこにいるんだろう」妖華はため息をついた。「でもこの男私生活荒れてるってゆーわよ。中卒じゃあねぇ」美奈子が口をはさむ。「私も落ちこぼれ気味だから丁度いいかも」妖華はテーブルに肘をついた。「そんな事無いわよ、妖ちゃん頭いいし、勉強すればいい成績取れるわよ」妖華はフォローする美奈子を横目で見る。「美奈子はいーよね、前回も理系で2位だったからね、試験」「アハハ・・・偶然よ、ぐーぜん。私の苦手な地理の問題が簡単だったから・・・。でもF組の相田優也には勝てないわね・・・。」美奈子は肩を上げておどけて見せた。「ああ、アイツ・・・オカシイよね」妖華は休み時間も机にへばりついている優也を思い浮かべた。ドラマでは主人公とヒロインの関係が2転3転していた。「おやすみ」美奈子は先に寝室へ入っていった。「ドラマ見ないの?面白いよ」「話が分かっちゃって、退屈なのよね」妖華はブラウン管の中で苦闘する役の俳優に見入っていた。